ケレタロの旧市街をトコトコ散歩。

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お菓子屋さん


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ケレタロの空は少し曇り。そろそろ雨季のメキシコ


12時ごろ、のんびり店開きをしていた
とても背の高いお兄さんのいるお店の前に、
午後ふたたび通りかかる。

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可愛い♡


お話を聞くとフランスの人だった。

7年ケレタロに住んでいるそう。
「ケレタロの『いちばん』知ってる?」

「はい。まだ行ったことないけれど知ってる。
ラーメンもお寿司もある和食のお店よね。」

「そこに『タビタビ東洋』の冊子が置いてある。
うちの店も取材されたよ。」

そうなのか。
「オーガニックは日本人大好きよ。」
と言ったら、うなづいていおられた。

日本人じゃなくても大好きだけどね。

お店の奥はカフェになっていて
体によさそうなメニューが並んでいた。
試飲に”ケレタロで取れたコーヒー豆で作ったコーヒー”
までいただく。

とても親切。

野菜やサンミゲルで作った食パン。ジャム。ハム。
食のセレクトショップ。

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木の棚にきれいにならぶ



ついついあれこれほしくなって、
ついにはショッピングバックまで購入。


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モナルカ蝶のプリント入り


サンミゲルに住んでいるアーティストの作品から作ったそうです。
大きい方を購入。
きっちり買い物が入り、大満足です。
麻で丈夫だしね。

「やれやれ、かばんまで買って・・・。」
と、ぼやく主人に持ってもらいました。

リンゴ酒が重いからね。



* Los Artes Sanos 
Angela Peralta 22 esq.Andador Posteur
℡(422)139-5426

(『tabitabi TOYO』 2014.2月号に紹介あり)






# by Taseirap | 2014-05-29 04:31 | ケレタロ | Comments(4)
ケレタロの街を散歩していると
おいしそうなチーズのお店。

ケレタロはワインも有名ですが、チーズも有名。
チーズ農場は、有機栽培の『サンタ・マリナ農場』や
『ラ・オンドナダ』があるそうです。

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たくさんのチーズ


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めずらしいお酒がいっぱい。
ロンポペ酒(たまご酒)もある



「お店に来た初めての日本人だ。」
と喜ばれ、試食の嵐でした。

お客さんの一人が英語を話されたので、
ついでにケレタロワインについて
あれこれ聞いてみました。

ケレタロ州のテキスキアバン、サンファンデルリオ、
エセキエルモンテスという町にワイナリーあり。

有名な『フレシネ(Cavas Freixenet Mexico)』と
『ラ・レドンダ(メキシコ最古)』と
『ロス・アステカ』の3つ。

「どこが好きですか?」
と、尋ねたら
「アステカ!最高よ。」

えっ?そこでしたか!

レドンダと、フレシネの場所しか調べていません。
(なんか、今回ズレまくりの小旅行だな~。)

チーズやさんでは、ケレタロ特産というリンゴのお酒も
試飲させてもらい、梅酒のような味に感動。

頼んでいないのに、ずいぶんまけてくださいました。
感謝です。


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リンゴ酒と Queso Montana(モンターニャ・チーズ)

チーズはケレタロ州テキスキアパンの
チーズ工房『 Finca Queso VAI』製




『 Finca Queso VAI』
Carreteta Queretaro ‐Tequisqiapan KM.30
Municipio de Colon,Queretaro
http//www.quesosvai.com









# by Taseirap | 2014-05-28 03:16 | ケレタロ | Comments(0)

ケレタロ 歴史

メキシコの歴史をうんと簡単にお話しますと

古くは紀元前12世紀オルメカ文明より、
たくさんの文明が各地で栄え、突然滅び
栄え、突然滅びしていたようです。

メキシコの世界遺産は日本の倍、30以上ですが、
古代遺跡のピラミッドがかなり多いです。

メソポタミア文明などと異なり、文字を持ちません。
それゆえ、歴史の解読がとても困難であることが
研究者魂をゆさぶり、いまなお憧れのメキシコ古代文明です。

(文字こそありませんが、文明度・知能指数は
かなりのものだったと思われます。)

各地でそんなこんなしているうちに、
1519年、スペイン軍がメキシコに上陸。
アステカ帝国や先住民族と戦います。
1521年、首都のテノチティトラン
(今のメキシコシティ)が陥落。
以後300年にわたりスペインの植民地支配がはじまります。


ケレタロにはもともとオトミ族が住んでいました。
スペインの侵略を受け、オトミ族はスペインと手を結び、
アステカ族と戦います。
そして、1531年 ”スペイン人と先住民族が平等に暮らすこと”を理念とし、
都市ケレタロが建設されます。
この時代に非常に稀有な植民都市です。

町は、中心となる教会から西側のスペイン人の居住区
(道路は碁盤目状に整然としている)と、
東側の先住民族
(道路は狭く曲がりくねっている)
とに分かれます。

スペイン人側は、馬車を通す道なので
広く碁盤目状に整備する必要があったのでしょう。


余談ですが、一説によると、
スペインが戦いに勝ったのは、
馬を使ったからだといわれています。

それまで見たことがない巨大な生物に
先住民族は恐れをなした、と。

また、西洋式戦いの残虐性がその勝因、
とも読んだことがあります。

これは想像ですが、日本が那須与一の時代に
「これこれそち 名を名乗れ。
舞を舞って、この的を射てみよ」
と話しかけたら、
バーンと鉄砲で撃たれたようなものでしょうか?

メキシコの歴史はとても興味深いです。



ケレタロの有名な観光スポットの一つ


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水道橋


18世紀 工業化が進んだケレタロでは、
工場からの排水で川が汚染され、
市民が飲み水に困っていました。

市の有力者ウルティア公爵は、近隣の山々を探し回り、
水源を見つけます。
そして、市民のために5,000人のインディオをつかい、
街まで水道を引きます。
(1726年~1738年築)

現存するのは1280m。
74アーチ。

京都の蹴上にあるインクラインと比べると、高さがあります。
幅は狭い感じですね。



アメリカの独立の影響受け、
メキシコでもスペインからの独立の気運が高まります。

1810年9月16日早朝 
ミゲル・イダルゴ神父がドローレス・イダルゴという
小さな村の教会の鐘を鳴らします。

続々と集まってきた村人たちに、
イダルゴ神父は
『ドローレスの叫び』と後に言われる演説をし、
グアナファトに向かって、武装化した行進をはじめます。

その数はだんだん膨れ上がり、
2万人以上になったと言われています。

これが、メキシコ独立戦争の蜂起です。


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中央がイダルゴ神父
(メキシコ独立記念庁舎)


神父は翌年捕まって処刑されますが、
独立運動は1821年まで続き
8月24日コロドバ条約を締結。

1822年7月21日、第一次メキシコ帝国ができます。

イダルゴ神父のドローレスの叫びの最後の言葉が
「メキシコ人よ、メキシコ万歳。」
だったそうで、
「ビバ メヒコ!(メキシコ万歳)」
は、いまでもよく聞きます。

スペインから独立したあとも、順風満帆とはいかず
苦難の歴史をメキシコはたどりますが、
それはまた次の機会に。


地元の人と仲良く共栄していたはずの
ケレタロのすぐ近くの街で、
独立の蜂起が起こるというのも、
なんだか不思議な気がしました。

バヒオの都市を訪れると必ずと言っていいほど、
イダルゴ神父の壁画に出会います。

上の絵なんて穏やかな方です。
だいたい、ものすごく怒っているか
恨んでいます。

古い支配の鎖を断ち切り、民族の独立のために戦う指導者って
パワーがすごいですね。










# by Taseirap | 2014-05-27 01:34 | メキシコ基礎知識 | Comments(0)

ケレタロ 街歩き

『メキシコ人の住みたい街 』第3位のケレタロ。
(ちなみに第1位はメリダ)


1996年に、旧市街地が世界文化遺産に
登録されたコロニアル都市。
日本からはホンダが進出しておられます。
GE、ミシュラン、P&Gなど世界企業が続々。

イラプアトの我が家からは車で2時間。
メキシコシティからも200㌔(2時間)の道のりです。

まずは、ケレタロの中心部。

石畳の道ですが、サンミゲルより歩きやすい!
歩道が広く坂がない。
全体にゆったりした印象。
街もコンパクトで見学しやすい。

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教会の屋根がかわいい



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静かな小道


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そろそろお腹がすいてきた


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屋台で食べちゃえ。
ハマイカ茶がおいしすぎる!


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カフェ


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教会




旧市街の歴史地区には、30以上の教会があります。
が、訪れた日が悪く、ほとんど閉まっていました。

観光案内所で地図を頂き、お薦めを尋ねたら
サンフランシスコ教会、サン・アウグスティン教会、
シティミュージアムをあげられました。

他にも、サンタ・クララ教会
(内部はチュリゲラ様式で黄金の祭壇)も有名。

見たかったです。

教会って、さあ作ろう!から、
200年~250年かかってできるんですね。

気の遠くなるような大事業。
扉の木材は東南アジアからお取り寄せ。
大理石もカットしないとね。
教会は石造りですから、重いですね。
(民衆のための教会は、レンガ造りですから
見比べてみたら面白いです。)

すばらしい修道士を世界中に送り出したり、
強力な軍隊も。
当時のスペインは、もの凄い財力。

メキシコから海外旅行する人には、
ヨーロッパではスペインが人気だそうです。

ことばが通じるし、自分のルーツを求める気持ちも
あるのでしょうか?





















# by Taseirap | 2014-05-26 00:33 | ケレタロ | Comments(0)
SALSA ROJA (Salsa de Chile guajillo y jitomate) の作り方

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サルサ・ロハ


サルサ・ロハ(赤いサルサ)の作り方は、少し大変。
作るのが面倒なのではなく、材料が手に入るかどうかが問題です。

メキシコのスーパーなら大抵どこにでも売っています、これ。

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チレ・Guajillo(辛さを出す)

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チレ・Ancho(味を調える)

干したチレなんですが、中に小さい種があります。
この”種”が空港で引っかかります。没収です。
逆に、日本からはお米が”種”ということで、持ち込み禁止、見つかれば没収です。
(『チンするごはん』系は大丈夫。発芽しなければ良いみたいです。)

もしこのチレを日本に持って帰るとなれば、開封して一つ一つ切って
種を出して取り除き、透明ジプロックに入れるなどしないといけません。
(・・・と言われたけれど真偽は不明。)


サルサ・ロハは、
①乾燥チレを12本用意。(上の2種類を半々くらい)
 切って、種をほとんど取る。(1本に4粒くらいは、辛さのため残す)
②フライパンで軽くあぶる。(洗わない、焼かない、油をひかない)2~3分
③柔らかくするために、水を入れて煮る。沸騰したら火を止めて置いておく。

④赤いトマト(ヒトマーテ)1/2キロを皮付きのまま焼く。皮をむく。
⑤リンゴ酢:3/4カップ
 水:3カップ
 ニンニク(皮をむいて焼いたもの):9片
 オレガノ:小さじ1と1/2
 クミン:小さじ1と1/2
 乾燥したみかんの皮:小さじ1
 たまねぎ(あらみじん切り):1と1/2カップ
 塩:適量

③のチリを水から出して、④のトマトと⑤のすべてを、ガガーっとミキサーに。

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ミキサー大活躍


できあがり!
冷蔵庫で日持ちします。

また、スーパーにはこんなのもあります。
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マセカ(とうもろこしの粉)

MASECAはトウモロコシの粉。トルティージャの元です。
これを1/2キロに水1と1/4カップ、塩を小さじ1/4くらい入れて混ぜ、
生地(マサ)を作って焼けば・・・


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伝統的とうもろこしのトルティーヤのできあがり♡


小麦粉のトルティーヤと色が違います。
焼きたての風味は、こちらの方がおいしい。
冷めると少し香りが出て、好き嫌いが分かれます。

 うちの裏のお家はおそらくご夫婦二人暮らし。
 ときどき子供や赤ちゃんの声がするから、子どもさん一家が来られているみたい。
 休日のお昼2時ごろ、とうもろこしのトルティーヤの焼ける匂いがしました。
 みんなで、これからお昼ご飯かな? 家庭の味なのでしょうね。

粉を練るときに、3つかみくらい小麦粉を足すと、生地が伸びやすく、割れにくくなるそうです。

小麦粉とともろこしと2種類作って食べ比べたら楽しいですね。
ちなみに、トルティーヤひとつでおにぎり1個分のカロリーだそうです。
元気でますね。














# by Taseirap | 2014-05-25 05:31 | おいしいもの | Comments(0)

メキシコと日本の暮らし


by Taseirap