福井県若狭から京都までの道はいくつかあり、古くから都へ
サバなどの魚介類が運ばれていました。

峠を歩く婦人たち

「がっつい」と呼ばれた行商人
広島の街には、島のおばちゃんやおばあちゃんが、 小鰯を売りにきておられました。
リヤカー引いて、銀色に光るこいわしを天秤ばかりで量り売り。
「なんまんえー。」 って、唄っておられましたが、 あれ正確には なんて言っておいでたのだろう?
私の耳には 「何万円。」何万円買うの? と聞こえたけれど、 「何枚え?」何枚買うの? だったのかしら? どなたかご存じです?
さて、話は戻って

夜も寝ないで運んだそうです

『京は遠ても18里(72㎞)』
司馬遼太郎の『街道をゆく』のファンですので、 少し毛色は違いますが、ここも好きな世界のひとつです。

商店街(盆休み)

『田村長』(は開けてくれている)

イメージは『焼きサバが通りいっぱいずらり』だったのですが

ま、いいさ。 伊根の地酒『京の春』といただきましょう。
「味をつけていないので、生姜醤油をつけて食べてください。」 とのことでしたが、お醤油をつけなくてもしっかりした味でした。

息子の家には茶碗がなく、パックにいれる
その中でも、小浜(おばま)から滋賀県の朽木(くつき)を通り、京の
出町柳(でまちやなぎ)までの道が、よく利用されたそうです。
若狭街道(鯖街道)と言いわれる道は、むかしと今ではルートが違いますが
車で通る現代は、国道27号線や367号線を指していることが多いようです。
小浜の資料館では、詳しい説明がありました。




そのうえ、食い意地も張っていますので、
鯖寿司、焼きサバとこのルートを行くのは長い憧れでした。
私たちは、実際には京都方面から小浜に来ましたが、
起点はこちら、小浜市。





なんだか、山賊みたいな晩御飯でした。