2019年 02月 11日 ( 1 )

真珠婚式

結婚して30年になりました。
一応 健康でこの日を迎えられて ありがたいです。
子どもたちのおかげで、たくさん遊べて
あっという間でした。

銀婚式は25周年。
30周年は真珠婚だそうです。
うちだけではなく、同年輩の周囲の人も
真珠婚式の年。

でも、
「あ、忘れていました。」
「へー、真珠婚っていうの。で?」
「今さらお祝いとか…します?」
「寝た子を起こすな。」
「結婚記念日は、えーっと、いつだったか?
イヤだ!ほんと思い出せない。夏?秋?」

非常に反応が鈍い。
自分を含むみな、いくらか 人生にお疲れぎみ。
子どもの就職が一段落したか、これからか。
子どもの結婚はそろそろ来たか、来るか、いやどうだろう。
親の介護が始まるか、まさにか、終わったか。
自分たちの健康自体そろそろ危うくなるか、保てるか。
瀬戸際日常の絶妙のポイント、それは真珠婚。
(マラソンの給水ポイントに差し掛かり、ランナー同士で
「水飲む?飲まない?」
と、話したような感じ。)

真珠婚の意味を調べると
『真珠は、長い時間を海で過ごし、
幾重にも重なる真珠層をゆっくり育てる。
夫婦も同様に、歳月を経て苦楽を共にして、絆が深まり
人としても徐々に丸く大きく輝く。』
『真珠には、健康や長寿の意味もある。』
絆という言葉はちょっと重いものの、
なかなか素敵な真珠。
あ、いえ真珠婚。

そうよね~。
祝い事は、祝えるときに祝っておきたい。
可能なら。

主人は
「真珠でもなんでも、好きなもの買えば?」
「男性には、真珠のネクタイピンやカフスらしいよ。」
「いらん!」
欲しいものしか欲しくない、ですって。
(一瞬 立派だが、ま、あたりまえの意見。)

私も真珠は大好きだけど、急いでゲットしたいわけでもない。
宝石も好きだけど、もしも災害が起きたら
ちょっと負担な気もする。
発想が貧乏性から自由になれないのね。

(この辺りを読まれて、
「宝石くらい、いくらでも買え 買え。」
の無責任発言に繋がっている。
また、
『好きなものは自分でどうぞ』=『僕は用意しなくても良い』。老獪。)

しかし!
生活に『区切り』は必要だとは思います。
だらだらしちゃうから。
ひたすら、だらだらしてるから。

…『だらだらが一番の贅沢。』なんて思っちゃダメだ。

そうだ!
子どもたちと食事会しよう。

…すごく忙しいそうです。
ふうー。
そんなはずないのに。ちぇっ ( ・ε・)


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by Taseirap | 2019-02-11 07:30 | 日々の暮らし | Comments(0)

メキシコと日本の暮らし


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